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5.夕食

作者: 月山 歩
last update 最終更新日: 2025-10-16 15:00:04

 いつも夜更けまでいないセオドア様が、今日は珍しく早く帰ってきた。

 ジャスミンは、彼とカレンという三人で、夕食の席に着いていた。

 ろうそくの柔らかな灯りが、銀器に反射して、テーブルの上を静かに照らす。

 セオドア様とカレンの口をつける食器はすべて銀製で、彼がいかに用心深く毒を警戒しているか、その冷たい輝きが伝えているようだ。

 並べられた大皿の料理から一口ずつ料理長が取り分け、私の前にずらりと並べる。

 彼らやマーカス達に囲まれながら、最初に口にするのが私の役目で、深く息を吸い、皆の視線を感じながら、スプーンを手に取った。

 それを皆が一心に見守るという、緊張、警戒などを含んだ不思議な時間なのだ。

 この沈黙の中で、私の食事音だけがやけに響く。

 私は前世の苦い経験から、何かを口にする時は、スプーンの先のほんの少しだけ口に入れ、変な味はしないか、舌先は痺れないかを確認してから、残りの分を食べるような癖がついていた。

 どんなに空腹を感じても、一口で一気に頬張るなんてことは、現世ではしない。

 魔法使いでなくなった今の私には、三度目はないのだから。

 そんな理由から、最初の一口を食べるのに時間がかかるし、皆の視線があるから、スープを飲む時に誤って音を立てたり、こぼしたりしないか、別の意味でも緊張感が襲う。

「とても美味しいです。」

 私がそう告げると、ようやくセオドア様が軽く頷き、彼とカレンの前にも料理が並ぶ。

 その瞬間、緊張がほどけたように、空気がゆるやかに動き出した。

「やったー、ジャスミンはどれが一番美味しいと思った?」

 カレンが瞳を輝かせて尋ねてくる。

「そうですね。

 カボチャのグラタンでしょうか。」

「ほんと?

 じゃあ、それから食べよっと。」

 カレンはグラタンの入った皿に手を伸ばすと、嬉しそうに食べ始める。

 私が先に食べる本当の理由を知らないカレンは、無邪気に次から次へと好きな料理に手を伸ばす。

「カレン様は食べ物の好き嫌いはありませんか?」

「あるよ。

 私はピーマンと人参が苦手なの。

 でも、ポーラが食べないと悲しい顔をするから、少しだけ頑張って食べてるの。」

「そうですか。

 それは素晴らしいですね。」

「うん、偉いの私!」

「ふふ、そうですね。」

 穏やかな笑い声がテーブルに広がる。

 だがその空気を引き締めるように、セオドア様が優しく口を開いた。

「カレン、偉いのは野菜を作ってくれた人と料理をしてくれた料理人だよ。

 その人達への感謝を忘れてはいけない。」

「うん、わかってるわ、パパ。

 だって、ジャスミンと今日のお昼に裏の農園で、野菜を収穫してきたのよ。

 真っ赤なトマトとか。」

「農園!

 そうか…大丈夫だったかい?」

「もちろんよ。

 邸の門からは出てないわ。」

 そのセオドア様の発言に、私は驚いたように一瞬目を見開いた。

「セオドア様、いけなかったでしょうか?」

 彼の顔は一瞬だけ険しくなるが、すぐに柔らかく緩む。

「いいや、マーカス達がついていたなら、問題ない。」

 その発言に、私や見守るマーカスに安堵の息がこぼれる。

 それに気づかないカレンは、嬉しそうに身を乗り出した。

「とっても楽しいの!

 これからもジャスミンと収穫してもいいでしょ?

 真っ赤なトマトを見つけたら、クイっと曲げるように引っ張るの。」

「そうか、パパはやったことがないな。」

「えっ?

 じゃあ私が、パパに教えてあげる。

 ドータンもパパになら収穫するのを許してくれると思うの。」

「ドータンは誰にでも許してくれないのかい?」

「そうよ。

 ちゃんと赤くなってるのを見つけれない人は、やっちゃダメって言ってたわ。」

「そしたら、パパも見つける目を持てるように頑張るよ。」

「うん、今度一緒に行こう!」

 カレンの無邪気な笑顔を見て、セオドア様の唇がふっと緩んだ。

 どうらや農園に行くことは許されたようね。

 ここに来てから少し経ったけれど、カレンはほとんど邸から出ることもなく、一日中、邸の中で過ごしていた。

 小さな子供は太陽の下、外で遊ぶことも大切なはずだけど、セオドア様が心配するあまり、閉じこめているのが気になった。

 そんなに恐れなくても、門の中であれば、マーカス達もいるから比較的安全なのに。

 私はカレンを少しずつ外に連れ出そうと思う。

 食事を終え、カレンと二人で部屋へ戻ろうとすると、セオドア様が私を呼び止めた。

「ジャスミン、話がある。

 カレンが寝た後、少し来てくれ。」

「はい。」

「遅くても構わないから、必ず執務室へ。」

「はい、承知しました。」

 背筋がわずかに伸びる。

 暖かな食卓の余韻の中で、その一言だけが、夜の空気をきりりと引き締めた。

 

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